茂原レポート(4)

2015月8月12日から17日

茂原英紀

進むにつれてゲルはより鮮明になってきた。壁面にあたる蔽いと屋根の部分を縦横に固定している茶褐色の紐を見ると馬の毛を編んだものを使用しているようである。ここでも古来からの伝統的技法によって生活が維持されていることがうかがい知れた。これまでのモンゴル外乗の中でゲルを固定するのに化学製品によるロープやゴム類を使用しているのを見たのは数が少ない。そのほとんどが馬や牛の毛を編んだ天然のものを自給自足で賄っている。これにはやはり嬉しさを感じる。大自然の中では現代科学はそぐわない。 ちなみに、柱に当たる部分は解体して移動するとき便利なようにジャバラ状にして伸びちじみが出来るようになっているが、交点のⅩ状の部分をとめてある部品はラクダの皮が使われている。最初見たときはただ差し込まれて先端を曲げてあるだけなのに堅くしっかりと役割を果たしているのには少なからず驚いた。長年移動しながら使い続けるにはやはり釘や針金では木部が負けてしまいもろくなったり割れてしまうのであろう。ラクダの皮と木部が互いに力! を吸収し合って使い続けることが可能になるのであろう。ここにも生活の知恵が見てとれた。それ以来ゲルへ立ち寄るたびに蝶番を見ることが習慣になってしまったが、ラクダの皮以外のものをを使用している例はほとんど見たことがない。さて、なおも歩みを進めたときである。突然ゲルの方角から犬の吠える声がした。

ワンワンというよりも、ウォオ~ン ウォオ~ンという重みのある低い鳴き声である。大型犬のようだ。しかし姿は見えない。どうやら直射日光を避けてゲルの陰で “今は外敵もなくワシの出番はない” とばかりに午睡をむさぼっているようである。ところが我々一行が自分のテリトリーに近づいてきたことを察知して “ご主人様より日々の糧をいただいているからにはその領域は守らなければならない! とばかりに本能的に目覚めて警戒音を発したもと思われる。 この低く地を這うような吠え声を聞くと、かつて眼前で繰り広げられたある出来事が思い出された。 それは2012年に訪れたメネン草原での外乗の折のことで、信義さんの最終の旅となった時のことである。移動途上宿泊したゲルに3頭の真っ黒な大型犬が飼われていた。 ここで3匹とせずにあえて獣類を数える頭で表現したのは、その犬が子牛を思わせるほどの大きさで筋肉隆々がっちりした体躯からして、自然に3頭と口をついて出てしまうほどのものであったからである。 そのツラ構えたるや精悍そのもの。見るからに時と場合によっては家畜を襲う草原オオカミとも戦わなければならないといった存在であった。ところがその中の1頭が大きいながらも他の2頭と比べて痩せてやや小ぶりの犬であっ!。加えて、左うしろ足が不自由のようで時おり地面に着くもののあらかた3本足で歩いている。見ている者にとってはかわいそうにという情が湧くのは当然の成り行きであろう。 エサは十分食べているのだろうか! 凍てつく夜の寒さをどう凌いでいるのだろうか! 過酷な大自然の中でこれからさき生きていけるのだろうか! 思えば思うほど動物好きの自分にはその犬がいとおしく見えてくる。

そこで次の日の昼下がり昼食に出されたヤギの骨付き肉の余ったものを1本持ってゲルの外に出た。その足の不自由な犬に与えるためである。そこには何処から切り出してきたのか一本の太い丸太がころがしてあった。信義さんが食後のひと時をその丸太に腰をおろしてくつろいでいた。 私はその横に腰をおろし犬に肉片を与える!会をうかがっていた。二人は特に会話をするわけでもなく、午前中草原で馬を走らせた疲れから来る物憂い気だるさを癒やすためのものでもあった。 足の不自由な犬は二人の眼前20メートルほどの位置にあるゲルの陰で顎を地面につけて伏せていた。もう1頭は隣りのゲルの日陰で同じ姿勢で伏せていた。他の1頭は何処へ行ったのか姿が見えない。 すると足の不自由なかの犬がよろよろと立ちあがってこちらの方角へ歩み始めた。相変わらず左後足は地面についていない。おおよそ10メートルほどの位置に達したとき、私は手に持っている骨付き肉片を眼前に投じた。犬はすぐにそれを目指して歩み寄りまさに食べようとしたその瞬間である。突如として隣りのゲルの日陰にいた犬が頭をあげたと思うや脱兎のごとく飛び出し“ウォオ~ン”という唸り声とともに足の不自! な犬に襲いかかった。そのときの唸り声が今まさに進行方向前方のゲルの陰から聞こえてくる犬の吠え声に競合して思い出されたのである。

足の不自由な犬は“キャイ~ン”という一声とともにたちどころに組み伏せられてなすすべもなく腹を上に向けた。このしぐさは降参を意味する。オオカミの世界では強いものに従うものは恭順の意思を表すために地面に横たわって腹を見せる。優った方はそれ以上の攻撃をしかけない。これはオオカミの世界の掟のようなものになっている。 腹は最も弱い部分である。背や臀部を噛まれても致命傷には至らないが、しかし腹部を襲われたらまず助かることはない。犬はオオカミを祖先にするとも言われている。よって、犬の間にもオオカミのDNAが脈々と引き継がれているのであろう。足! 不自由な犬はすごすごと足を引きずりながら立ち去 った。信義さんと茂原はこの一部始終を目撃していた。この時信義さんの発したつぶやくようなひとり言が今でも脳裡に鮮明に焼き付いている。“ 生きるって大変なことなんだな~・・・・!”  と。この一言で私は信義さんの心情を見てとった。この剛毅なお方も職場に行けばお客様への対応、上司と部下のはざまでの人間関係、業績の伸び率等々様々な場面への配慮を余儀なくされている。その煩わしさから解放され、いまこのひとときをモンゴルの地にあって全てを忘れて乗馬に興じている。彼はこの瞬間をいとおしんでいるのだな~・・・・・・・・、と。草々

茂原レポート(5)

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