茂原レポート(3)

2015月8月12日から17日

茂原英紀

おはようございます。このたび現地レポートの途中にも関わらず数名の方からメールを頂戴いたしました。ありがとうございます。

その中で義彦さんから信義さんのことについて触れられておりましたが、思えばこうして今に至るまでみんなでモンゴルの旅が楽しめるのも信義さんがいろいろと礎を築いてくださったからであります。そこで、今回の旅で信義さんのオボを訪問したときの情況についてもう少し詳しく触れてみたいと思います。

チンギスハーン空港から馬の背を分けるような土砂降りの中をトランクと私たちを乗せたワンボックス車とボヤさんが運転するライトバン二台で信義さんのオボをめざした。今回は参加者6名のため、一台の車にすべてを収納出来た。私たちの車にはトルさんが、ボヤさんの車にはトルバットが同乗した。晴れていればともかく、この天候ではあたりは一面暗闇状態。行きかう車はみなヘッドライトを点灯している。街灯などないこの草原地帯で果たしてオボの位置は分かるのだろうか。かれこれ1時間ほど走ったところで、車が突然停車してUターンを始めた。どうやら行き過ぎたようである。じきに車のライトに照らされてにうすぼんやりと小高い丘が見えた。去年馬で行った時結構高い場所だなと認識していたので、ふもとからは徒歩で行くことを覚悟していた。幸い雨は道すがら小降りとなり、着いたころにはほとんどやんでいた。

しかし、草は濡れているのでズボンはびしょぬれになることは必定。 ままよ、履きかえればよいと腹を決めた。ところが車はどんどん丘に向かっていくではないか。そのまま登ろうというようである。 エ~ ほんとうにのぼれるのかな~! 車体は大きく左右に揺れ、ウイ~ン  ウイ~ンというかん高いエンジン音をとどろかせながら、喘ぎ喘ぎであるがともかく登りつめた。これにはさすがの信義さんもビックリしたことだろう。後続のボヤさんの車が見当たらない。さては闇の中で場所が分からず探しているのであろうと思いつつ待った。かれこれ15分ほどして、2台のヘッドライトが丘に向って進んできた。こちらの車からもヘッドライトを点滅させて位置を知らせた。

あれ! なんで2台? 1台から降りたったのはかのお坊さまであった。運転手さんもおられたようだが暗くて定かでない。ボヤさんは道に迷ったのではなくお迎えに行ったのであった。雨が止んだ代わりに風がビュービュー吹きつけている。気温は極めて低い。とにかく寒い。ボヤさんがライトバンの中から敷物を出して敷いたが、押さえていないと簡単に飛ばされてしまう。

風は南西方向から吹きつけている。つまりゴビ砂漠の方向だ。砂漠特有の昼暑く夜寒いという気候の風をまともに受けているのであるからその寒さたるや尋常なものではない。ワンボックス車を風上に移動して風よけにしたが焼け石に水の感がある。寒さは和らぐことがない。体調を崩さないためには気力で頑張るしかないと言い聞かせた。ボヤさんはこの状況下でも半袖のTシャツ1枚である。ちなみに、今回の旅全てを通じて彼は半袖であった。この差は何なのであろう。やはり氷点下での生活を余儀なくされている彼らは
鍛えられているのである。敷物の上に車座に座り諸事万端整った後やがてお坊さまの読経が始まった。暗くて僧の顔もわからない。着ている衣服もデール状のものであるが正式なコスチュームなのかこれも暗くて定かでない。トルさんの説明によると僧はゴビ出身で、今はウランバートル近郊に住んでおられるとのことであった。年齢もわからないが、感じでは50歳前後くらいかなと想像できた。読経の声は低く、日本のものによく似ている。もとより、日本の経でさえ何を言っているのか意味が分からないのでモンゴル語とて同じである。おおよそ20分ほどで終わった。

その後、各人が先ずミルクをまきながらオボを周回し、次に酒を、そして米を同様にささげた。何やかやでかれこれ1時間ほどかかったであろうか、ともかく無事に終了した。誰がささげたのか、たばこの火だけが闇の中でぼんやりとオボの位置を示していた。 信義さん、安らかにお眠りください。また来年お会いしましょう。かくして御坊とはここで別れを告げた。

さて、それでは前回の続きに参りましょう。

それからというもの、全員が快調なペースで飛ばしに飛ばし、速足や並足をしての移動であった。今回の旅はトルさんが大サービスをしてくださったのか、走る時間がことのほか長かったように思えた。空はどこまでも青く、太陽はさんさんと輝くものの暑からず寒からず、ホホを打つ風は実に心地よい。起伏はあるがほとんどの行程がひら場で馬の負担も少ないようである。行けども行けども若干の起伏と地平線が見えるのみ。心配された草原も恵雨があったためか緑豊かに復活していた。道すがら放たれた牛や羊がのんびりと草を食んでいる。前方はるか彼方の地平線に接する手前にゴマ粒ほどの白い点が二つ見えた。遊牧民のゲルのようだ。並足で進みテニスボール大にになったところではっきりと確認できた。

こんなひろい広い草原の真っただ中での遊牧生活。800年前のチンギスハーンの時代から累代的に続いてきた遊牧の民としてのご家族なのであろうか・・・・・・・・。
もしそうであるとすれば今居るご主人は何世代目のご当主に当たる方なのだろうか・・・・・・・・。 例えば労働可能年限を1世代50年として数えたとしても16世代の長きに及ぶ。今でこそ車も航空機も発達しているが、2~3世代より前のご当主を中心とするご家族は、誰も外国など見たことがなかったであろう。草原の民として生まれ、草原の民として生き、やがては草原の民として他界していく。それを累々とかさね重ねて今のご当主に至っているのだ。時を同じくしてはるばる日本からやってきた我々がいま馬に乗ってその場を通過しようとしている。お互い特に顔を合わせるでなく、言葉を交わすわけでもない。

ただ2015年8月14日
いま居るこのモンゴルの地に共に有り、共に生きているというにすぎない。こんなことをつらつらと考えながらひとときを馬上の人になっていた。人間が沈思黙考するのに最も適した場所は、古くから馬上、枕上(チンジョウ)、厠上(ソクジョウ)の三上であると言われている。馬上とは言わずと知れた馬にまたがっている時である。並足でポックリ ポックリゆったりと馬の歩みに身をまかせながら進むときは本当にここちよく落ち着ける。枕上とはまくらの上つまり布団に入ってリラックスして思索を巡らしているときであり、厠上とはかわや即ちトイレである。確かにこの場所は畳半畳ほどで客人は1人、誰にも阻害されずに
考え事ができるの唯一の場所でもある。

いま自分はこの雄大なモンゴル草原にあり、人馬一体となってギャロップした後のつかの間の休息を馬のあゆみにまかせながら遥か彼方の地平線とそこに見える二つのゲルをぼんやり眺めている。 ああ~~! 悠久の時の流れ・・・・・・・・! その中で、いま茂原という一人の人間はこの天と地の間で生かされて風になっているのだなと感じざるを得なかった。

草々

茂原レポート(4)

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